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● 鈴木大介ギターエッセイ パート5

8月8日なんと9時間にもわたる生放送を無事にこなした鈴木大介さんのエッセイ・パート5です。番組のテンションそのままにロングバージョンとなりました。

 

 そして8月8日はやってきた。九州地方を台風が直撃していたこともあり、快晴とはいえないまでも、渋谷の街は朝から真夏の日差しと蒸せかえるアスファルトに歪んでいた。
 体力さえ持てば、けっこう楽勝と思っていたのだが、NHKエンタープライズの製作スタッフは気まぐれなミュージシャン(おいらのこと、ね)をなんとかやる気にさせようと、前日から近くのホテルをとり、飲物と弁当とスタッフの女の子の人選に細心の注意を払い、万全の体制を敷いてきていた。それならこちらも最初から後先考えずに飛ばしまくってやろうではないかと、PL戦の松坂状態でのぞんだわけだが、とにかく生放送9時間なんてやったことないから何が起こるかわからない。ちょっと緊張気味の僕とモカさん(誰もが何故か僕と一緒にパーソナリティをしてくれている室田 尚子さんをこう呼んでいる)。
 朝9時からの午前の部のゲストは評論家の諸石 幸生
(もろいしさちお)氏。
諸石先生は、レコ芸で「Cheek to Cheek」をベタホメして下さった方なので何となく親近感を持っていたのだが、案の定気さくなばかりでなく脱力のかなった風流なお人柄で、その上キメどころをはずさない。そして評論家の鏡ともいえる的確な知識と楽曲解説で、若い二人をサポートして下さった。ボブスレーでいえば、最後尾の選手の力強いプッシュによって完璧なスタートを切って勢いに乗ったというところだろうか。11時になって、「これの4、5倍か・・・。やっぱ長いな」と嘆いていた僕に先生がかけて下さった含蓄のあるお言葉はその日最後まで僕の支えとなった。今度会ったら色紙に書いてもらおう。
「瞬間を生きる。その連続。」by 諸石 幸生。

 実のところ午前中のプログラムは事前の葉書リクエストでだいたいは決まっていたのであるが、あんまりたくさんのFAXに、どんどんすげ替えられていく。何分の曲をかけて何分トークしてという台本の部分をリアルタイムに構成してゆくのだから、スタッフは何人いても足りないくらいだ。この日は、エンプラのマエストロ藤原 一氏以下、オペラシティの時にお世話になったBSクラシックアワーの酒井 章一氏、本来クラシックリクエストの担当ではない巽 真紀子さん、佐藤パパゲーノ 浩子さん、若山 紀子さん、川島 亜希子さん他、人海戦術で乗り切ろうと言うことらしい。
 次なるゲストは、ソプラノ界の大物、チャイコフスキー・コンクール優勝でその名を馳せた佐藤 美枝子さん。大スターだが、7月20日にオペラ・シティのガラ・コンサートで共演させて頂いていたし、謙虚なお人柄もよく知っていたので安心していた。イタリアでの食生活についてや、浮気性な役どころより一途に一人の男を想う役の方が向いているという話など、偉大なオペラ歌手の素顔、みたいな話で進行して、プロデューサー、ディレクターも大満足のコーナーであった。なんでも、ドラマティコからコロラトゥーラに転向したのは(同じソプラノでも声帯の種類によっていろいろなタイプがいるのだ)、つい4年前だそうである。初めのうちは、今まで自分が積み重ねてきたものが一からやり直しになってしまうのではと、不安もあったそうだが、それであっという間にチャイコン優勝なのだから、人間変わり身も肝心ということか。それにしても、このコーナー好評だったのでいっそギタリストからパーソナリティに転身しようかなって言ったら、ディレクターの山内 佳子さんに即答で却下された。華麗なる変身は難しいということか。(今でも後悔しているのだけれど、この時次のコーナーでギター弾かなきゃいけないことを思い出しながら独り憂鬱になっていたために佐藤さんと写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。悔やんでも悔やみきれないぞ。)
 やってみて思ったのだけれどけっこう熱心なリスナーの皆さんからFAXって来るものなのだ。しかも、リクエストだけではなく、激励や、自分のFAXが読まれたことへのお礼など、普段のように収録している番組では味わえない充実感がある。この日の特番のためにレッスンを休んでしまったパルコ毎日新聞カルチャーシティひばりが丘校、津田沼校の皆さん、励ましのFAXありがとう。菊名のリンドバーグの森口さん、モカさんが最初にリンドバーグっていったから調子に乗って「菊名にあるリンドバーグっていうバー」って言ったらやっぱり怒られた。NHKだからあたり前が。
 次のコーナーは僕とモカさんのコーナー。ここで10分程の生ライヴがあることになっていて、最初のうちはフランセーズ弾くぞとか意気込んでさらったりもしていたのだが、この段階で既に6時間も生放送やっててそんな難曲弾きましょうなんて気持ちは消え失せてしまった。ちょうどそこへ運よく静岡の知り合いからサマータイムを弾いてくれという都合のいいFAXがしこんでもいないのに送られてきたので渡りに船とばかりリクエストにお応えさせて頂いた。真理さん、ほんとにありがとね。武満編で弾こうと思っていたら途中で和音が正規のサマータイムになってしまいそこからインプロで2分くらい作っちゃいました。ごめんなさい。ちなみにもう1曲の「誰にも奪えぬこの想い」は、以前からリクエストが来ていたのだけれど、いつもの番組枠ではエンディングに流れるので特番の機会に演奏させて頂いた。インプロを織り混ぜ、新しいコーダをつけたCDとは違うニューバージョンでお送りした。この生演奏は音声さんに無理にお願いしてほんとに生の一発勝負でやらせてもらった。やっぱりそのまま全国に流れるってのはただ事じゃないね。止まったら止まるしな。音声さんは二人いて、勝部 絵里さんという人はなんとオペラシティで香津美さんとやった時と一緒の人だった。このあと二人は更なる大介くんのわがまま攻撃に遭うことになる。よく考えたらずっと気の抜けないのは音声さんで大変だったろうと思うが、よく機嫌よくやって下さったと思う。ほんとにありがとう。ということで9時間の中の最大の難所、生演奏もクリア。問題はここの10分だけ特集「ジャズ・リクエスト」になってしまったということだ。その後にブルーノ・ワルター指揮の「田園」が流れた時にゃ我ながらほっとしたね。
 さて、エルガーの「威風堂々」で最高潮に盛り上がったところに最後のゲスト小室 等さん登場。小室さんは武満つながりでお知り合いにならせて頂いて、お忙しい中、急な出演依頼を快諾して頂いた。前のお仕事の関係でギターを持っていらしたのだが、こっちはこっちでお仕事の関係でかれこれ7時間以上もハイ・テンションなままだったので、失礼とかそういうことはすっかり忘れて、だめもとで「歌で曲紹介してもらえませんか」って言ったら、なんと一曲ちゃんと歌ってもらえることになった。言ってみるものだ。で、武満の「MI・YO・TA」という曲を歌って頂いてしかも僕のつたないギターでウラメロまで弾かせて頂いた。音声さん的にはここをして技術的な最大の難曲であったろう。それでも、音声の大迫 博文さんは「きいてないょ~」なんて一言も言わずに「雰囲気で行けますよ~」と小室さん&鈴木の無礼講セッションを快諾して下さった。おかげでヴィバルディーの曲紹介では、イタリア・カンツォーネ風小室ソングも飛び出し、大うけであった。小室さんのような、クラシックのフィールドではない方に来て頂いて、その方にも感激してもらえるような本物のクラシックの演奏を聴いたり、興味を持ってもらえるような作品のエピソードを話したりすることは、FMクラシック音楽番組の本来の意味での主旨に近づけたようでとても良かった。

ところで、音声さんのみならず番組が完全に終わるまでスタッフは気を抜くことができないのだが、本当にうまい弁当と本当に盛り上がる打ち上げ会場を準備して下さった二神 佳奈子さんと酒井 サロメ 彩子さんもこの日は朝からOL総合職なみの重労働をこなしていた。コーヒー人間鈴木の暴飲に立ち向かうべく4リッターものコーヒーをつくり、製作構成のスタッフのサポートをし続けるという雑多な業務のためか、この時間帯にはアヒルになってしまった。
 番組はカルロス・クライバーのブラ4で終了。実力で生きているのにそんなことは少しも鼻にかけない謙虚なお人柄の3人のゲストと、要所要所で番組の進行にきちんとした縁どりをしてくれているモカさんと、9時間もの間ずっと右往左往してくれたスタッフの皆さん、ほんとにありがとう。みんなのおかげで、大介は今日も自画自賛なのでした。